先日、楽天・田中将大のインタビューへ行った時「チームが勝てばいい」という言葉を聞いた。
彼はまだ若いだけに言葉のあやかもしれないが、ちょっと気になっていたので書いてみる。
最近よく聞くようになったこの言葉。
和を尊んだ献身的で美しい姿勢にも聞こえるが、それは勝負の世界に生きるプロにとっては危ない考え方にもなる。本来そのような発想は建前にしかならない。
と言うのも選ばれた者達だけで戦うプロの試合は、一人一人が実力を出し切れさえすれば勝てるものなのだ。
メンタルな話をすると
「チームが勝てばいい」という考えだけでは、知らぬうちに練習でも試合でも「甘え」が出てくる。わかりやすい例で言えば、厳しい練習で自分を追い込む時や、試合でプレッシャーのかかる場面などで、その甘えと出会うことがある。
それらが伸ばせるはずの可能性も寿命も潰す原因となる。ただでさえプロ選手として生きられる期間は短いのだから、これは死活問題だ。
つまりそんな甘さを乗り越えて、選手として本当の意味での精神的自立をしなければ、一流にはなれまい。
私を含め、自立した一流の選手というのは、どこか孤高な雰囲気があるものだ。質の高い仕事をどれだけ出来たか、どれだけ実力を発揮出来たかに興味が集中しているからだろう。
そしてそんな状態になると「チームが勝てばいい」との発想は建前で言えても、本気では言えなくなる。
一見すると協調性が足りないように感じるかもしれないが、それはプロの世界ではありがたいこと。
往年の名選手達にも我の強いタイプが多い理由がわかるだろう。
プロ野球の仕事とは、誇りと闘争心の世界で、仲良しクラブとは違う。
そしてそのプロ意識があるからこそ、お客さんを楽しませたい気持ちも自然と湧いてくるものだ。
美しい協調性が欲しいならば、それは譲り合って作る物ではなく、摩擦とぶつかり合いの中から得るものだ。
世界大会があるサッカーも「チームが勝てばいい」なんてヤワな発想では通用しないだろう。
野球もサッカーも何でもプロに求められる要素は何ら変わらない。
自分がチームを背負うというくらいの勢いと、給料分の仕事はきっちりこなさなければ「恥」と感じるくらいの意識が必要だ。
それこそが本物のプロだ。
以上










