25日は田中幸雄2000本安打達成の名球会のブレザー授与式で北海道に行ってきた。
彼は日ハムで生え抜きの苦労人だ。テレビで達成の試合を見ていたのだが、本人の歴史を少しは知っているだけに感動して涙が出そうになった。
本当によく頑張ったと言いたい。しかし彼ならまだ続けられる。どこまで行けるか楽しみだ。
人格も素晴らしいし、引退後も野球界にとって大きな助けになってくれるだろう。
ところで、今回は元々だいぶ前から5月25日と決められていた今回のセレモニーだが、先日どこぞのラジオで「松井の時は行ってたのに何で田中幸雄の時は?」などとしゃべってる人間がいたと聞いた。インターネットというものが使える今、せっかくだからここに書いてみることにする。
ただし、25日の件は名球会ホームページには前から書いてあったみたいだし、これから電波でしゃべる時は少しくらい調べてからにしてもらいたいものだ。
当たり前だが、こうゆう試合外でやる催し物の日程は、本人と球団側の希望日を元に決められる。
そして確実に記録達成してからでなければ危険なので、予想より余裕をもたせた日程となるのは当然。それでこの日程となった。
今回は達成してから少し間が空いてしまったね。
今月5月の初め、松井のセレモニーでニューヨークまで行ってきた時は、彼がもの凄く良いタイミングで達成してくれものだから、まるで私がずっと待機してたように見えたらしいが、あそこまでタイミングが合ったのは素晴らしい偶然だ。
というのは当初、ヤンキース側と我々の打ち合わせで余裕をもたせた日を決めていたが、彼のケガで大幅にズレて五月の上旬なら大丈夫だろうとなった。しかしズラすにしてもセレモニーはヤンキースタジアムでやらなければ意味がない。とはいえホームでの試合日程は決まっているから、そこをはずすと敵地へ移動してしまう。
つまり選べる日程は少ない。私も日本での仕事があるのでズラすにも限界はある。何より達成してからの日数があまりに経ちすぎても感激が薄れる。
と言うことで、今回ニューヨーク入りしたタイミングは最後のチャンスだった。私の気分云々で決まることではないということだ。それもカネやんのイメージなのだろう。
このように名球会のセレモニー1つとってもなかなか調整に手間がかかる。ただノホホンとやってるわけではない。
それとこれもよく聞かれる事なんだが、イチローの時はどうしてセレモニーをやらなかったのか?という話。
彼の時も当然やる予定でお互い調整していたが、達成当時、私の腰の調子が非常に悪くて動けなくなり、やむなく外科手術をした。それに長い入院と療養が必要だったので、行きたくてもどうしても行けなかったという事情がある。
ならばまた後日やりましょうという話になってる。
それにしても妙なコメントを聞く度に、もし名球会が本当にどこかで書かれていたような「カネやんサークル」だったとしたら、余計な気遣いも根回しもいらない。野球界の将来を考える必要もない。黙ってればいいだけなんだから、それならどんなに簡単だろうと感じる。
以上









